牧仕ブログ

赦すことは奇跡のように美しい

自分に酷いことをした人を
簡単に赦すことはできない。

そんな自分に対して、
平然と赦しなさいと言う人がいたら、
私はその人を好きにはならないだろう。

会いに行った人にも、
人を赦せないことで、
怒りに心が支配されている人がいた。

話を聞きながら、
その人を見ていると、
こちらまで辛くなってくる。

本当に大変そうだ。
その大変さから早く解放されてほしい。
そう願わずにはいられない。

嫌がらせをする人に関心を向け続ける。
嫌いなその人のことで心がいっぱいになっている。

大切な人のことも考える余裕がない。
何を食べても美味しさを感じる余裕もない。

赦すことは、
その苦しみから自分を解放することだ。

赦しは、
相手のためではなく、
自分のためなのだ。

嫌がらせをする人に
関心を持ち続けることはもったいない。

聖書は
「赦しなさい」
と何度も私に語りかけてくる。

赦せない。
赦したくない。
赦してたまるもんか。

でも、
「赦しなさい」
と言われる。

それは、
イエスさまが私に、
苦しんで欲しくないと願っている。

苦しみから解放されるために教えてくれたこと。
だから、赦すことは奇跡のように美しいのだ。

負の感情は心を縛り、
幸せの扉を閉ざす。

忘れることで自分自身を解放し、
新たな幸せへと向かわせてくれる。

相手を許すことは、
自らの心を癒し、
未来への希望を育む行為だ。

過去の嫌な記憶は、
愛と喜びに満ちた未来を妨げる壁。

自分のために赦しを与えたい。
そして、心の自由を取り戻す。