キリスト教に興味も関心もない人にどうやって興味を持ってもらうのか。わたしが悩み続け、模索していることです。きっと生涯悩み続けると思います。
以前あった一つの出会いを紹介します。特定の信仰を持たない方でした。この人は、ある大きな悩みを抱えていました。そのことを身近な人やカウンセラー以外の人に聞いてもらいたいと思ったそうです。宗教者がいいと思って、家の近くの教会をホームページで検索したそうです。
検索した結果、ホームページには礼拝の案内しか書かれていなかったようです。そして、自分の話を聞いてもらうことは出来ないと思って諦めたと言っていました。その後、わたしのことを見つけ連絡をくれました。
この話を聞いた時に感じたことがあります。キリスト教会は礼拝に来て欲しいと願っています。一方で一般の人が教会に求めるものは礼拝ではなくお話し相手なのかもしれない、そう思いました。
会いに行く教会の活動は1対1で相手に向き合うことをします。この形だからこそ求められたのだと思います。逆に、礼拝に興味を持った人が行くところが教会なのかもしれません。
個人的な話ですが、ほんの少し前までは、会った人にいかに聖書の話を伝えるかという互いに緊張する時間を持つことが多くありました。少し前の時代というのは5年くらい前までです。おそらくですが、聖書を伝えたいと思っているクリスチャンの多くがやっていた方法です。今でもたまーにカフェで見かけたりします。
最近の傾向として、聖書やキリスト教に興味を持った人たちがYouTubeなどの動画を見ることが多くなりました。私は自分のYouTubeの動画のコメント欄を見るのが毎日の日課なのですが、そこにこの動画を見て信じましたという方がたまにいます。
対面で伝道をされることは受ける側からすると宗教勧誘という恐怖があります。
一方で互いにストレスが少ない形で伝わるのが動画だと思います。興味を持った人が連絡をくださり、直接会い、質問をたくさんしてくれることがよくあります。
今後、求められる形が見えてきた気がします。
対面で会う時は、食事をして笑い合ったり、悩みを聞いたりと相手に個人的に向き合う時間を持つことをします。そのような方が家に帰り、動画を見たり、ブログを読んだりしながら聖書やイエス・キリストに興味を持っていきます。
現代で、新たにキリスト教会を始めようとするのであれば、礼拝会を始めることが第一ではなく、牧師の相談室のような対面で会える機会を提供し、動画コンテンツを配信するのがいいと思います。
最後にわたしの友人の話を書きます。
クリスチャンとして10年来の友人がいます。彼はサラリーマンをしていますが、何とかして自分の家族に聖書の話を伝えたいと願っていました。10年間あらゆることをしたそうです。教会に誘ってみたり、口頭で伝えてみたり、ほとんど効果はないどころか逆効果なことが多かったそうです。
そこで、動画を撮ってYouTubeにアップしました。その動画のQRコードを年賀はがきに貼って両親と親族に送ったそうです。そしたら、両親それぞれから嬉しいフィードバックがあったそうです。さらに質問をあり、また動画で返答するようです。新年の親戚同士の集まりでも、YouTubeをやっているということでたくさん質問を受けたそうです。
今確認してきましたが、友人のYouTubeの登録者数は6人です。それでも、動画をアップしていない人から見たら立派なYouTubeです。動画は大勢の人に届けるものとしてやるよりも、1人の人に届けたいと思ってやることで届くのだと思いました。
方法論を色々と書きましたが、本当に大切なことは1人のためにということなのだと思います。