牧仕ブログ

一人静かに聖書と対話する至福の時間

作家の村上春樹はSNSを全く見ないそうです。インタビューでこのように答えていました。

「大体において文章があまり上等じゃないですよね。いい文章を読んでいい音楽を聴くってことは、人生にとってものすごく大事なことなんです。だから、逆の言い方をすれば、まずい音楽、まずい文章っていうのは聴かない、読まないに越したことはない。」

つまり、SNS上には人生を豊かにするいい文章がないと言っています。分かる気もしますが、少し耳が痛くもあります。情報が飽和し、エンタメが飽和しているこの時代に何を大切にしたらいいのか考えさせられます。

私はYouTubeをあまり見ません。SNSもあまり見ません。嫌いなわけでもなく、崇高な思いがあるわけでもなく、単純に時間的な問題です。もちろん発信のために使うことはよくしています。本と漫画を読むことが一番好きなので、ここに時間を使っています。

クリスチャンとなった後に、さまざまなキリスト教系の本を読みましたが今はほとんど読まなくなりました。三浦綾子さんとヘンリーナウエンの本だけはたまに読みます。これも時間的な問題です。

それよりも聖書を読みたいと思っています。聖書そのものがとても面白いからです。聖書にこのような言葉があります。

見よ、その日が来ればと
主なる神は言われる。

わたしは大地に飢えを送る。

それはパンに飢えることでもなく
水に渇くことでもなく

主の言葉を聞くことのできぬ
飢えと渇きだ。

聖書の言葉を読むことができなくなって、飢えと渇きの中で後悔することだけはしたくないです。こんな日を体験せずに過ごしたいと思いますが、毎日聖書を読み、一人静かに聖書と対話して、毎日新しい発見があることが嬉しいのです。

限りある時間の中で、自分を養いつつも楽しむことをし、また神様に心を向ける生き方を選ぶために何を見るのかに時間を使うのかを吟味し続けたいです。